第11回 第3章 自社の数字は、どう作られているか

開示媒体の間で数値が合わない理由

有価証券報告書と統合報告書で同じ指標の数字が違うのは、何が原因なのか。

「うちは媒体によって数字が違う」。人的資本の開示に関わっていると、一度は突き当たる話だと思います。

これは多くの場合、集計の誤りではありません。構造的に起きることです。今回は、その構造を分解します。

男性育休は、有価証券報告書のどこに書かれているか
(Allyship Japan 作成)

差が出る理由は4つに分かれます

① 対象にしている会社の範囲が違う

前回見たとおりです。有価証券報告書は提出会社と一定の連結子会社、統合報告書はグループ全体、というように範囲が違えば数字は当然違います

② 指標の定義が違う

第9回で見たとおり、「管理職」も「労働者」も社内に複数の定義があります。媒体ごとに違う定義を使っていれば、数字は一致しません。

③ 対象にしている期間が違う

年度末時点の在籍で数えるか、年度中の平均で数えるか。あるいは、年度中に育児休業を開始した人で数えるか、年度中に子が生まれた人で数えるか。同じ「取得率」でも、数える対象の期間が違います。

④ 作っている人が違う

有価証券報告書は経理や総務、統合報告書はサステナビリティ推進、健康経営の申請は健康管理部門。それぞれが別々にデータを抽出していれば、抽出条件も揃いません。


「同じ指標名」が同じものを指していない、という実測

差が構造的なものであることは、開示の実物から確かめられます。

東証プライム市場に上場する1,553社の有価証券報告書を読み取り、男性育児休業の記載を1社ずつ確認しました。その結果、記載の内容は11のパターンに分かれました。

また、数値そのものと、取り組みを説明する文章は、有価証券報告書の中でも別の場所に書かれています。数値は法定の表に載り、文章はサステナビリティに関する章に記載されるのが一般的です。

同じ報告書の中でさえ、数値と説明の置き場所が分かれています。 媒体をまたげば、差はさらに出ます。


「説明できる差」と「説明できない差」を分ける

実務として重要なのは、差をなくすことではありません。範囲も定義も期間も違うなら、差があるほうが自然です。

やるべきなのは、差を2つに仕分けることです。

種類中身対応
説明できる差範囲・定義・期間の違いから生じる差注記で説明する
説明できない差同じ条件のはずなのに合わない差原因を特定して直す

保証で問題になるのは後者です。前者は、注記があれば問題になりません。

逆に言えば、注記がないまま違う数字が並んでいると、どちらなのかが外から判断できません。これが「数字が合っていない」と受け取られる状態です。


手順は3つです

1 指標ごとに定義書を1枚作る

第9回で書いたとおりです。分子・分母・範囲・時点・承認者を書きます。

2 どの媒体に何を出しているかの一覧を作る

指標 × 媒体の表を作り、それぞれどの定義・どの範囲の数字かを埋めます。この表を作った時点で、説明できない差はほぼ見つかります。

3 注記の文例を先に決めておく

「本指標は提出会社単体の数値です」「本指標は連結子会社を含むグループ全体の数値です」といった注記を、先に用意しておきます。開示の直前に考えると間に合いません。


まとめ

  • 媒体間で数字が違うのは、多くの場合集計の誤りではなく構造的なものです。原因は範囲・定義・期間・作成者の4つに分かれます。
  • 1,553社の有価証券報告書を読み取ったところ、男性育児休業の記載は11のパターンに分かれました。同じ報告書の中でも、数値は法定の表に、文章はサステナビリティの章に分かれて記載されます。
  • やるべきことは差をなくすことではなく、「説明できる差」と「説明できない差」に仕分けることです。
  • 手順は、指標ごとの定義書/指標×媒体の一覧/注記の文例の3つです。
  • 一覧を作った時点で、説明できない差はほぼ見つかります。

出所・注記

  • 男性育児休業に関する記載の分類は、当社調査「東証プライム上場1,553社 男性育休 開示実態調査(2026年版)」によります。対象は東証プライム市場上場企業1,553社の有価証券報告書で、記載を1社ずつ読み取って11のパターンに分類しました。
  • 記載場所についても同調査で確認したものです。
  • 本記事では、有価証券報告書以外の制度(女性活躍推進法に基づく公表、健康経営度調査など)の個別の要件には立ち入っていません。制度ごとの算定要件は、それぞれの原典をご確認ください。当社が読み取ったのは有価証券報告書です。

中山 航(なかやま わたる)

Allyship Japan LLC 代表社員/米国公認会計士(ワシントン州)

大手監査法人で8年間、金融機関の金融商品取引法監査・内部統制監査に従事。 事業会社で人的資本の法定開示について、内部統制の構築から開示実務までを担当。 厚生労働省 共育プロジェクトの人的資本経営セミナーに登壇。

外部からのチェックを受けることが初めての人事・サステナビリティ推進担当の方に向けた 入門シリーズ(全20回)の第11回です。 目次を見る →

自社の現在地を確かめる

開示している人的資本指標について、その作り方が説明できる状態にあるかを、 財務報告の内部統制と同じ枠組みで評価し、そこから先の工程表をお出しします。

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