第18回 第5章 何を、どこまで整えれば終わりか

3点セットと、人事で追加する2つの定義書

結局、どの文書を作れば準備したことになるのか。

前回、内部統制の4つの層を見ました。今回は、その結果として何という文書が手元に残るのかです。

「文書化しましょう」と言われても、何を作ればよいのかが分からないと動けません。答えははっきりしています。

内部統制の3点セットとは
(Allyship Japan 作成)

財務報告では「3点セット」と呼ばれています

財務報告の内部統制で作る文書は、3つに決まっています。実務では3点セットと呼ばれます。

文書何を書くか
業務記述書その業務を、誰が、いつ、何を使って、どういう手順で行うかを文章で書いたもの
フローチャート同じ流れを図にしたもの。部門をまたぐ受け渡しが見えるようにする
リスクコントロールマトリクス(RCM)どこに誤りが起きうるか(リスク)と、それを防ぐ手立て(コントロール)を対応させた表

3つは同じ業務を、文章・図・表の3通りで書いたものです。別々のことを書くわけではありません。

なぜ3通り必要かというと、見る目的が違うからです。業務記述書は手順を追うため、フローチャートは部門間の受け渡しを見るため、RCM は「誤りが防げているか」を確かめるためです。


RCM がいちばん大事です

3つのうち、実務でいちばん効くのは RCM です。

RCM は、たとえばこういう表になります。

プロセスリスク(何を間違えうるか)コントロール(どう防ぐか)証跡
入力対象子会社が漏れる連結範囲の一覧と突合してから依頼する突合表、依頼メール
検証退職者が分母に残る期末在籍者リストと照合する照合結果
承認定義と違う数え方のまま出る人事部長が定義書と照合して承認する承認記録

「リスク」と「コントロール」が対になっていることが要点です。手順を書いただけでは、それが何を防いでいるのかが分かりません。

前回見た4つの視点(網羅性・正確性・実在性・期間帰属)は、このリスクの欄を埋めるための観点です。


人事データでは、2つ足します

3点セットは財務報告のためのものなので、人事データではこれだけでは足りません。2つ足します。

① 指標定義書

第9回で見たものです。指標ごとに、

  • 分子と分母に何を入れるか
  • 対象範囲(単体か連結か)
  • 基準日または対象期間
  • データの出どころ
  • 承認者と承認日、改定履歴

を1枚にまとめます。

② 集計範囲定義書

第10回で見たものです。どの会社を含めるかを明示します。財務諸表の連結範囲と揃えるのか、揃えないならなぜかを書きます。

なぜ財務報告にはこの2つがないのか。 財務では「売上高」の定義が会計基準で決まっているためです。人的資本には、それにあたるものがまだありません。だから自分で決めて書く必要があります。


数はどれくらいになるのか

「5種類 × 指標の数」だけ作るわけではありません。

人事のプロセスはデータの性質が似ています。 女性管理職比率も男女の賃金の差異も、「人事システムから抽出して、子会社に依頼して、集計して、承認する」という流れは同じです。

したがって、業務プロセスごとに1組作り、指標定義書だけを指標ごとに用意するのが効率的です。

  • 3点セット … 業務プロセス単位(数プロセス分)
  • 指標定義書 … 指標ごと(対象指標の数だけ)
  • 集計範囲定義書 … 1つ(全体で共通)

対象を10指標に絞れば、指標定義書は10枚です。膨大な量にはなりません。


作った文書は、運用されて初めて意味を持ちます

最後にひとつ注意です。

文書を作った時点では、まだ準備は終わっていません。 書いたとおりに実施され、証跡が残っている状態になって、はじめて確かめる側に見せられます。

このことは次回、成熟度の話として詳しく扱います。


まとめ

  • 財務報告の内部統制で作るのは3点セット業務記述書・フローチャート・RCMの3つです。同じ業務を文章・図・表の3通りで書いたものです。
  • いちばん効くのは RCM です。リスクとコントロールが対になっていることが要点で、前回の4つの視点がリスクを洗い出す観点になります。
  • 人事データでは、指標定義書集計範囲定義書の2つを足します。人的資本には会計基準にあたるものがまだないためです。
  • 3点セットは業務プロセス単位、指標定義書は指標ごと、集計範囲定義書は全体で1つ。 対象を絞れば膨大にはなりません。
  • 文書を作った時点では、準備は終わっていません。

出所・注記

  • 3点セット(業務記述書・フローチャート・リスクコントロールマトリクス)は、財務報告に係る内部統制の評価・監査の実務で一般に用いられている文書の区分です。
  • RCM の例として挙げた表は、本記事のために作成した記述例であり、特定の企業の文書ではありません。
  • 4つの視点(網羅性・正確性・実在性・期間帰属)は、財務報告の内部統制で用いられている整理によります。
  • 指標定義書・集計範囲定義書は、人的資本データに固有の必要から当社が実務上追加しているものです。制度上の名称ではありません。

中山 航(なかやま わたる)

Allyship Japan LLC 代表社員/米国公認会計士(ワシントン州)

大手監査法人で8年間、金融機関の金融商品取引法監査・内部統制監査に従事。 事業会社で人的資本の法定開示について、内部統制の構築から開示実務までを担当。 厚生労働省 共育プロジェクトの人的資本経営セミナーに登壇。

外部からのチェックを受けることが初めての人事・サステナビリティ推進担当の方に向けた 入門シリーズ(全20回)の第18回です。 目次を見る →

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開示している人的資本指標について、その作り方が説明できる状態にあるかを、 財務報告の内部統制と同じ枠組みで評価し、そこから先の工程表をお出しします。

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